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ホリスティック医学とホロトロピック医療

2010/03/25
コラム

文・西谷雅史 (にしやまさし)
響きの杜クリニック院長。日本産科婦人科学会専門医。
ホロトロピック・ネットワーク札幌代表。
日本東洋医学学会専門医、西野塾札幌同好会代表、玄心流日本拳法師範。
日本ホリスティック医学協会北海道事務局長

ホリスティック医学とホロトロピック医療

私は1956年東京の下町小岩に生まれました。なぜか幼少時代より小石川療養所の赤ひげのような医師になりたいという強い思いがありました。そして自然溢れる広い大地で育まれたおおらかな北大の気風にあこがれ、高校卒業後は北海道に渡り医学の道を志しました。
大学では当時社会問題であった薬害スモン病の患者支援サークルに入り、薬害に苦しむ患者さんとともに当時の医療制度の問題を直視し、本来の医療のあり方を考え薬事法改正に向けて行動する機会を得ました。この体験は私の医師としての生き方に大きな影響を与えました。
大学卒業後は出産という神秘的な場面に立ち会える産婦人科医を志し、また更年期障害や婦人科がん治療を専門とする中で、結果的に誕生から死までの全人的な医療に関わることになりました。その中で感じたことは医学と医療は根本的に違うということでした。

病気のメカニズムを科学的な手法で解明していくのが医学であり、目の前の患者を自分の持てる力を駆使して治していくのが医療です。婦人科でPMSや更年期などの患者さんを扱ううちに私は、医学だけでは病人を真に治すのは不可能と実感し、おのずから科学的にはまだ解明できない漢方や気功などを加えた治療を試みてきました。人間を全体的な視野からとらえ代替医療を取り入れた現在の治療のスタイルはこうして自然に確立してきたような気がします。

人間の中の不調和こそが病気の真の原因

40代後半の時、仕事のストレスから脳内出血を起こして倒れるという予期せぬ事態を体験しました。半身の軽い麻痺ですみましたが、医師として費やせる時間には限りがあることを知り、自分の思いの実現のために初めて開業を決意しました。 そんなとき「こんな病院がほしい」という一冊の本が目にとまりました。その中では、作家の天外伺朗さんが従来の病院に代わるホロトピックセンター構想を提案しています。ホロトピックセンターでは、病気の治療だけではなく生を受けてから死ぬまでの一生を通じて病気にならないための指導をすることに力を入れていくとしています。

ホロトロピックという言葉は、スタニスラフ・グロフ博士の造語で、ギリシャ語の「holos(全体)」と「trepein(向かって進む)」を合成して、「全体性に向かう」という意味です。個が個を離れて、全体としてひとつの宇宙と融合し、一体感を増していくということから、人々の「意識の成長・進化」をあらわしています。従って全体という大局的な見地から病人を見るホリスティックとは方向が逆になります。

ホロトロピックでは常に大きな宇宙の一部としての意識をもつことで、そうすると今世での病気や困難は魂という意識が成長と進化を遂げるための学びと気づきを得るためのものととらえます。やや宗教的と思われるこの考え方の中では生や死を巡る輪廻転生も当たり前のものと受け入れることができます。5年前に札幌にクリニックを開業したとき、私はクリニックを札幌ホロトロピック・センターと位置づけて漢方、気功、バッチフラワー、断食、温浴室などを柱とした統合医療を実践してきました。その中で気づいたのは、人間の中の不調和こそが病気の真の原因であることです。

北海道に根ざした自然療法を築いていきたい

こころの調和、からだの調和、こころとからだの調和、ひととひと、ひとと環境(地球)、そしてひとと宇宙との調和、この調和の波動こそが人々を健康と幸せにつなげる鍵であると考えます。この調和の医療はまさに響きあう医療であり、その実践の場が響きの杜クリニックです。
私自身まだ試行錯誤を繰り返しながらの発展段階ですが、いろいろとネットワークが広がり成果が出つつあります。

今、特に興味を持って取り組んでいることに植物を用いた自然療法があります。花の香りで癒す(アロマテラピー)、草木を煎じる(漢方)、花のエネルギーを水に転写する(バッチフラワー・ホメオパシー)森の中で過ごす(森林療法)、これらの療法に接する中で自然と意識が宇宙に向かっていくと思います。そして北海道には先人であるアイヌ民族の草木を用いた伝統医学があり、ゆくゆくは北海道に根ざした自然療法を築いていきたいと思います。

全体からみるホリスティック医学と全体に向かうホロトロピック医療が一つになるとき、私がいままで求めてきた医療の世界さらに広がるように思います。
今後の発展がとても楽しみです。