コラム記事・研究会レポート

「世界のホリスティックセラピー」に寄せて

2020/10/25
補完・代替医療

癒しの源流 ~過去に学び未来につなぐ

古来、人が病や苦しみにいたる原因は枚挙にいとまがない。苦の原因や動因は多種多様、千差万別である。したがって、おまじないから遺伝子治療・再生医療まで、人が苦を癒す方法の数々をほぼ無尽蔵に考案してきたとしてもふしぎではない。

数多ある癒しの技法の源流をたどっていけば、その多くは石器時代から今日まで、脈々としてつづいているシャーマニズムに行きつく。シャーマニズムは「エクスタシーのテクノロジー」(M・エリアーデ)であると同時に、「癒しのテクノロジー」でもあったのである。

万年単位で持続したシャーマニズム全盛時代にはほぼ原型が出揃っていた「精霊崇拝にもとづく、生存のための癒しの技法」の数々は、やがて精霊崇拝が後退して洗練されていき、理論化・体系化されて、インド、中国、チベット、イスラム、ギリシャ・ローマなどの、ローカル色豊かな伝統医療となり、さらに、衰退したギリシャ・ローマ医学を丹念に翻訳してきたイスラム圏のアラビア語文献をもとにして、ようやくヨーロッパで科学的・普遍的・グローバルな近代医学が誕生することになった。

科学性・普遍性の優越は、合理的整合性を最優先することによって獲得されたものだった。「精霊」など大自然の働きの見えない担い手たちの存在はおろか、それまで「プラーナ」(インド)、「気」(中国)、「ルン」「チーパ」「ベーケン」(チベット)、「バラカ」(イスラム)、「プネウマ」(ギリシャ)、「ルーアッハ」(ヘブライ)、「オレンダ」(北米先住民)、「マナ」(ポリネシア)などと呼ばれて重要視されていた「不可視の生命エネルギー」を等閑視した近代医学は、人間の全体性(身体性・精神性・霊性)のなかから、もっぱら目に見える身体性だけを対象にせざるをえないという限界を引きずったまま目ざましい発展をつづけてきた。いや、大鉈をふるって対象を限定したからこそ、旺盛に発展できたのだというべきかもしれない。

19世紀末、その限界を突破すべく、いったんは近代科学思想を身につけた人たちのなかから、近代医学にたいする対抗的な癒しのシステムが生まれた。それがホメオパシー、オステオパシー、アントロポゾフィー医学、ナチュロパシーなど、補完代替医療の優等生たちである。

そして20世紀の後半、長く日陰の存在を強いられていた伝承的な癒しの智慧を、持続可能な脱近代の実現を試みる対抗文化(カウンターカルチュア)が発掘しはじめ、「近代医学以外のあらゆる治療法・健康法」としての「補完代替療法」(CAM)が百花繚乱の様相を呈することになった。
「世界のホリスティックセラピー」が「古代シャーマニズム」という花芯を中心として咲き誇る花のデザインで表現されていることの理由はそこにある。だが、この百花繚乱の風景は同時に、「エビデンス」の欠如をめぐる百家争鳴の論戦場であり、また「ビジネスチャンス」をめぐって百鬼夜行する魔界の風景でもある。

ギリシャ・ローマ医学とイスラム医学の混交を背景として生まれた近代医学が「花」に突き刺さったメカニックな異物のように表現されていることにも理由がある。ラリー・ドッシー博士が近現代医学(西洋医学)の歴史を三期に分け、その誕生から現代の先端医療までつづいている西洋医学の最大の特徴としての第一期を「メカニカル」(機械的医学)と命名しているからである。第二期は「マインドボディ」(心身医学)、第三期は「ノンローカル」(非局在的医学)で、その両者とも医学界でそれなりの地位は占めているものの、「機械的医学」の勢力にくらべれば、まだ圧倒的にマイナーな存在のままだ。
ドッシー博士とも親交のあるアンドルー・ワイル博士は20世紀末、アリゾナ大学に世界初の本格的な統合医療の研究・教育・臨床施設を立ちあげた。ワイル博士の統合医療の定義は以下のとおりである。

<統合医療の定義>

●「病気」と「治療」ではなく「健康」と「治癒」に医療の力点を置く。

●患者を「故障した機械」としてではなく、「精神的・感情的・霊的な実在」として、 また「コミュニティの一員」として、「全人的」に診る。

●検査結果の数値だけではなく、患者の「ライフスタイル」(食習慣・運動習慣・ストレス対処法など)を診る。

●患者の他者との「人間関係」のありかたをはじめ、自然・社会・世界・神などの超越的存在・担当医との関係など、あらゆる「関係性」を重視する。

「健康と治癒」「全人的」「ライフスタイル」「関係性」という特徴的な四つのキーワードの背後に、つねに「スピリチュアリティ」(霊性)への視座がほの見えていることに留意していただきたい。「治癒」も、「精神的・感情的・霊的な実在」も、「ライフスタイル」にも、「関係性」にも、「目に見える身体性だけを対象にせざるをえない」という西洋医学=生物医学の限界を超えようとする強い意思を感じないだろうか?

ワイル博士の統合医療が提供する治療法には、原則的にドッシー博士がいう「第一期」から「第三期」までのほぼすべてのものが含まれる。「世界のホリスティックセラピー」の図でいえば、第二期の「リラクセーション」「呼吸法」「バイオフィードバック」「心理療法」から第三期の「手かざし療法」「心霊治療」といった「遠隔ヒーリング」までも安易に否定しない寛容な態度がうかがえる。

さて、このワイル博士の「統合医療」と「ホリスティック医学」はどのような関係にあるのか? これがわれわれに与えられた課題である。「統合医療はホリスティック医学に至る道程の橋頭堡である」と帯津先生は理想を語られた。とすれば、この「世界のホリスティックセラピー」以上に理想的な図を描く準備をしなければならない。次世代の若い人たちのなかから、その新しい図を描く人たちが出現することを期待したい。

◎文 上野 圭一 『HOLISTIC MAGAZINE 2013』より

 


上野 圭一 うえの・けいいち
翻訳家/鍼灸師/日本ホリスティック医学協会名誉顧問
世界の代替療法、ホリスティック医学を先駆的に研究。アンドルー・ワイル博士の一連の著書を始め、多くの書物の翻訳を手がけている。伊豆のリゾートホテルに私設図書館「癒しと憩いのライブラリー」を誕生させるための活動もしている。著書に『代替医療』(角川書店)、『私が治る12の力』(学陽書房)などがある。