コラム記事・研究会レポート

個人の健康から社会の健康への関心

2020/06/10
コラム

◎文・安珠 anju

ホリスティック医学に関心を持ったのは25年余り前、父ががんで闘病生活を送っていた時でした。人は肉体のみならず、さまざまな要因が病気や健康に関わることを知り、ちょうどその時に学んでいたアロマセラピーの土台にあるものとの一致しました。
その後、個人の中のボディ・マインド・スピリットだけではなく、より広く自然環境や社会環境とのつながりに関する視点を深めたくなり、地球生態系のことや社会のシステムについて学びました。そこで地球が生み出すものを超え、人間の欲望のままに形づくられていく社会システムが見えるようになった時に、自分は砂上の楼閣にいることを理解しました。

その頃は心療内科に併設された施設で、アロマセラピーやボディワークの施術をしていました。施術後に良くなっても、次回の通院時には元に戻るクライアントさんを見た時、個人の要因だけではなく、社会の歪みが個々人の中の歪みとなって現れていることを感じました。
1人ひとりが健康を取り戻すには、社会を変える必要があることが腑に落ちた時に、その歪みを修正するために、まずは自分のライフタイルの変革と、人々がそれをできるように伝え、サポートすることに取り組むことにしました。それが2005年頃になります。

現在の気候変動・気候危機問題

当時から化石燃料の枯渇の問題と気候変動の問題はセットで論じられており、持続可能な社会にしていくために、大量生産・大量消費文化からの脱却や、低炭素な暮らしへの転換の試みが動き始めていました。しかしながら、世界のメインストリームは経済成長神話から抜け出せず、社会が大きく変わることはありませんでした。そして迎えた今、世界の科学者たちの予測を超えた形で気候変動の影響が出始めています。

けれど世界の潮流の中で1992年の地球サミットを機に、国際社会が気候変動問題を広く認識し始めたことや、2015年のパリ協定で化石燃料との決別を宣言したことなどが、経済優先という傾向に影響を与えていたことは救いとなっています。経済界などからの抵抗がありつつも、少しずつ持続可能でレジリエンスの高いシステムとライフスタイルの構築に向けた動きを、地道に進めてくれていた人々がいたことに感謝せずにはいられません。
この危機的状況においても、私たちがまだ、なんとか希望をつなげられるところにいられるのは、そうした積み重ねのおかげだろうと思います。ただ、夏休みの宿題を先延ばしにしてきて、夏休み最終日に全部をやらなければいけないような、かなり切羽詰まった状況であることには変わりがありません。

ここで、気候変動、気候危機問題のポイントを簡単に述べたいと思います。
先に述べておきますが、日本にはさまざまな理由から「温暖化懐疑論」を支持する人がまだいるようです。しかし、これは世界の科学者たちが精査した結果であり、これについての議論のフェイズは終了し、行動に移す段階であることは、世界的なコンセンサスとなっています。

【気候変動・気候危機問題のポイント】

●現在、地球の平均気温は産業革命以来1.1℃上昇しています。このまま対策を打たなければ100年後に4.8℃上昇するという予測もあります。それを1.5℃以下に抑える必要があります。

●この気温上昇は人間の活動によって生じています。主な原因は、長期間かけて地下で生成された化石燃料を、短時間で使い続けてきたことで、二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスが大気中に放出されていることにあります。

●気温上昇を止めなければ、海面上昇、洪水、土砂崩れ、巨大台風、森林火災、干ばつなどの現象がもっと激しくなると考えられています。食料危機、大量の難民の発生、ひいては資源や土地の奪い合いにつながる可能性があり、すでにそれが起きている場所もあります。

●持続可能なシステムの構築と、それを実現するライフスタイルへ転換を、早急に決意する必要があり、世界的な目標として2030年までに二酸化炭素の排出を半減、2050年までにゼロにすることが掲げられています。

世界医師会の気候非常事態宣言

たった1℃の上昇がさまざまな自然災害を引き起こすことは、近年の洪水、巨大台風、森林火災、干ばつのニュースから明らかです。さらに数℃の上昇が、どれだけ私たちの社会や環境に壊滅的な影響を与えるかは容易に想像できるでしょう。

このような気候変動の危機的状況を鑑み、国家、地方自治体、企業、大学、各種団体が多くの人々に現状を認識してもらい、その対策を促進すべく「気候非常事態宣言」を出しています。医療分野においては世界医師会(World Medical Association)が以下のような宣言を出しています。

【世界医師会による気候非常事態宣言】
※2019年10月ジョージア国(グルジア)トビリシ第70回総会にて採択

医療専門家は、世界中の市民の健康を保護することを提唱するうえで重要な役割を担っており、気候変動に対するより大きな行動を要求する責任があります。
2019年9月に開催された気候変動に関する国連サミットは、気候変動対策を加速する必要があるという認識が高まっていることを、さらに実証しました。多くの国が2050年までに正味ゼロエミッションを達成することを約束し、他の国は2020年までに国内行動計画を後押しすることを約束しました。
気候変動に対する行動は加速されなければならないという世界的な医療専門家のコンセンサスが現れています。

世界医師会とその構成メンバーおよび国際保健コミュニティは、
●気候非常事態を宣言し、国際保健コミュニティに行動に加わるように呼びかけます。
●世界中の市民の健康を、気候変動の影響から守る立場をとることを約束します。
●人命に関わるような気候変動の影響を最小限に抑えるために、2030年までにカーボンニュートラルを実現することに迅速に取り組むよう、中央政府に要請します。
●世界のヘルスケア分野の環境負荷を認識し、医療の持続可能性を確保するために廃棄物を削減し、汚染を防止するように行動する必要があります。

古い神話から新しい神話へ

気候変動問題の解決方法は、先のポイントで説明をした温室効果ガスの排出削減です。そこには二酸化炭素が指標として使われています。それを削減するためには、省エネと化石燃料から再生可能エネルギーへ転換することが主なる対策ですが、そこだけに注目していては、バランスの取れた対策とはなりえません。

気候変動によるさまざまな現象は、地球の容量の限界を超えて経済成長が進んでしまった結果として起きている「症状」であるため、根本原因は、人々が経済の成長神話から脱却できないことにあります。その神話の中では人間性より生産性が重視され、富を生まないものは後回しか、見捨てられていきます。生産性や効率性に関係のないつながりは、すべて断ち切られていくのです。
神話の中で人間の不安感や欲望はうまく操られ、過剰な豊かさや便利さを追求する世界となり、結果的に富の偏在するシステム、地球資源や人間そのものから搾取するシステムがつくり上げられてしまいました。

そのシステムはもはや砂上の楼閣として、地球環境の変化の前で風前の灯火となりつつあります。古い経済成長神話、お金や物質的豊かさを中心とした神話は去り、これから迎える新しい神話は、地球が生み出す「いのち」を中心としたものへと書き換えられる必要があります。にもかかわらず私たちは、いまだ長きにわたって機能してきた古いシステムの中にあります。
そのことを自覚して、「お金や物質を増やして安心を得るマインド」から「いのちの豊かさを増やすマインド」へと変わっていく「内なる変革」が必要です。それが本当の意味でシステムを変革し、社会をより良き方向に向かわせる力となるのです。
時間が差し迫っている気候変動のような問題の解決には、強い政治的なリーダーシップが望まれるのが常識的かと思いますが、個人的には人々の意識変容、意識進化も伴うべき転換点であると考えています。

そうした意味では、自分の健康や病に向き合う機会を得ている人々が、閉塞した古い神話から脱し、いのちを中心とした新しい神話へ向かうサポートをし、「内なる変革」へといざなうのは、ホリスティック医学に関わる者の役割ではないかと思います。

複雑で不透明な時代に対峙する

私たちの生きている時代は、「ちょっとした」転換点ではなく、「歴史的で大きな」転換点だといわれています。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)な時代=「VUCA(ヴーカ)ワールド」という言い方もされています。VUCAの世界では、「考えてから行動する」のではなく「行動しながら考える、走りながら考える」ことで解決策を見出していくこと、今までの常識から脱することも要求されます。
誰かが正しい答えを出せるわけではなく、気づいた人が行動し、行動しながら叡智を共有していくのが、今の時代の進み方といってもよいでしょう。

 

◎文・安珠 (もりとアートの学校主宰/日本ホリスティック医学協会理事)
『HOLISTIC MAGAZINE 2020』より