コラム記事・研究会レポート

ホリスティックな地域包括ケアにおける「社会的処方箋」

2019/12/29
コラム

◎文・山本 竜隆(やまもとたつたか)

私は地方で小規模の医療活動をしている立場であり、医学の業界では末端の医療従事者といえます。基幹病院や大学などの教育機関、大都市ではなかなかイメージできない点も多々あるかもしれませんが、日々の診療活動や地域活動の視点で述べさせていただきます。

さて日本の農村医学や地域医療の先駆的医療機関である佐久総合病院を育てあげた故若月俊一先生の著書「村で病気とたたかう」(1971年岩波新書)の最終ページには以下のような文面があります「医者は単なる技術者であってはならない、従来の医者はあまりにも『生物学的』にすぎた。もっと『人間的』『社会的』医者であってほしい、と国民は願っているのである」。

欧米を目指して走り続けていた高度成長期の日本、しかし地方の医療現場では、このような認識や危機感がすでにあったことに大変驚いたのを覚えています。
それから約50年たった現在、医療財政が逼迫し、地方の医療過疎化が進んでいます。医療機器や医薬品は発展・普及したもの、精神疾患は増え自殺も多い状況です。医師と患者との関係性も変わり、地域コミュニティは脆弱化し、医療は医療機関で行うという認識も定着化しているように思います。

地域包括ケアシステム

しかし2025年の「地域包括ケアシステム」構築に向けて、各地域で少しずつ変化が見られるようになっています。地元の静岡県富士宮市においても、地域での活動が活発化し、連携も強くなり、症例検討会を地元住民を交えて行うことも始まりました。
一般的に狭義の「地域包括ケアシステム」とは、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、「住まい」「医療」「介護」「予防」「生活支援」が切れ目なく一体的に提供される体制のことで、医療と介護の連携が中心といえます。

一方で広義とは、公的介護保険外のサービスで、医療や福祉分野に留まらず、地域の資産・資源を幅広く活用することが求められています。これらの地域資源をつないで未来図を描き、地域創生や地域活性にも、その範囲を広げていて、厚生労働省、経済産業省、農林水産省の連盟でのガイドブックも作成されています。
実際に、ワイル先生は、統合医療やホリスティック医学を“医療の力点は「健康」と「治癒・養生」にある。患者を「コミュニティの一員」として全人的に診る。患者の「ライフスタイル」を診る。患者の他者との「関係性」を重視する”と表現しており、「コミュニティ」「関係性」をキーワードにしています。

社会モデルと社会的処方箋

ところで、そもそも医療は医療従事者が医療機関の中だけで行うものなのでしょうか?
「下医は病気を治し、中医は人を治し、上医は社会を治す」という言葉がありますが、医師は公衆衛生は学んだものの、社会学や社会医学を十分に学び、日常診療の中で活かしているのでしょうか?

最近は、医学には「医療モデル」と「社会モデル」があり、それらを融合するのも統合医療とされています。実際に、自由民主党には「統合医療推進議員連盟」が創設されており、統合医療は「医療モデル」「社会モデル」があり、両輪で進めていくべきとし、5つの方向性を示しています。

① 生活習慣改善とセルフケアを支援、予防を重視
② 伝統医学などを生かし、持続可能な医療の構築
③ 生きがいと人間の尊厳を大切にする医療の構築
④ 互いのセルフケアを支え合うコミュニティの構築
⑤ ソーシャルキャピタル(社会的資本)の醸成と活用

行政がこのように動いている背景には、前述した医療財政の逼迫があります。そして海外では、医療機関において医薬品の処方で対応する医療から「社会的処方箋」という方法も始まりその成果が出てきています。

英国では2006年から社会的処方箋を発行しています。既に慢性疾患を持つ患者の悪化することを予防し、費用がかさむ専門家の治療を減少させるサービスを、地域コミュニティ内になる非医療的な支援を提供する協力者に委託することで、その分野はさまざまです。これによって事故や救急来院が21%減少、入院が9%減少、外来予約が29%減少したとされています。

またカナダ医師会は、モントリオール美術館と提携し、心身にさまざまな健康状態を抱えた患者たちとその家族などの同伴者が、無料で美術館に入館して芸術の健康効果を体験できるように取り計らうことが決定しました。これによって1年間に50回までの無料入場券を処方できることなっています。

ホリスティック医学や広義の統合医療に向けて

現在の社会情勢などから、本邦の方向性は“治療型のみならず予防型”“医療系のみならず社会系”“画一的ではなく地域性”という流れであるように思います。また医学の世界では“エビデンス”を重要視する傾向が強くありますが、社会学の分野では、地域に基づき実践しながら考える“実学”としての考えがあります。
地域包括ケアシステムや社会的処方箋は、地域性を配慮して進めていくことから「エビデンス・ベース・プラクティス」のみならず「プラクティス・ベース・エビデンス」を重視して実践していくことです。

ちなみに「地域包括ケアシステム」の地域規模は「中学校区」とされています。PTAや寄り合い処、老人会や、地域清掃活動、消防団などの、これまでのコミュニティを活かすという意味ではしっくりいく広さだと感じています。また「地域包括ケアシステム」は英語で“Integrated Community Based Care System”が一番近い表現のようです。
時代や方向性は統合医療やホリスティックになってきているのではないでしょうか。

『HOLISTIC News LetterVol.104』2019.8月号より

 

山本 竜隆(やまもとたつたか)
朝霧高原診療所 院長/医学博士
WELLNESS UNION(富士山静養園・日月倶楽部)代表
昭和大学医学部非常勤講師・聖マリアンナ医科大学非常勤講師

聖マリアンナ医科大学、昭和大学医学部大学院卒業。内科研修・医学研究の後「アンドルー・ワイル」が主催する米国アリゾナ大学医学部統合医療プログラムAssociate Fellow(2000年~2002年)をアジアで初めて修了。その後、統合医療ビレッジグループ総院長(東京・四谷)、JA中伊豆温泉病院内科医長、(株)小糸製作所静岡工場診療所所長・産業医などを経て現職。
自ら富士山の伏流水や薪での生活をしながら、地域医療とヘルスツーリズムの両輪で、地域活性や社会的処方箋の実践、自然欠乏症候群の提唱など、幅広い活動をしている。
富士箱根伊豆国立公園内にあり、富士山を目前にするテラス&能舞台、ゼロトップ(富士山頂から太平洋までの稜線を眺める)ツリーテラス、全天候型クリアドームテントなどを有する約20,000坪のプライベート空間の中で過ごしていただくための滞在施設「日月倶楽部」を開設し、ヨガや瞑想などのマインドフルネス、企業の健康管理者への指導、健康関連分野のセミナー合宿など雄大な自然環境に身を置いて行う各種滞在プログラムを提供している。
主な著書『自然欠乏症候群』(ワニ・プラス)ほか。