コラム記事・研究会レポート

魂の医療~霊性に根差した生き方

2021/03/29
シンポジウム

◎文・長堀 優(シンポジウム2018実行委員長)

ご存知のように、日本ホリスティック医学協会が定義している人間の「からだ」とは、肉体・精神・心・霊魂の総体です。しかしながら、前の3つはまだしも、「霊魂」というと、医療の世界では、いや、世間においても、ほとんどタブー扱いされてきました。
しかし、「魂の医療」は、霊性や魂を理念に示している当協会が、いつかは必ず扱わなければならなかったテーマです。今回ついに、このようなシンポジウムが開催されることに、私は深い感慨を覚えます。

見えない心の豊かさを考える

これまで我が国では、霊魂はもちろん見えない世界にフタをして、物質的な豊かさや経済効率を追い求めてきました。そして、それなりに成功し、私たちの生活を格段に便利なものにしてくれたことは間違いありません。しかし、その一方で、モノに溢れた裕福な社会が、人々の心に安寧をもたらしたのかといえば、大いに疑問が残るところです。

物質至上主義が限界を迎え、社会が落ち着きを失くしてきた今、人間を真に幸せにするのは、どうやらモノやお金ではないらしい、目に見える物質ばかりではなく、見えない世界にも目を向けることが必要ではないのか、と私は考えるようになりました。もちろん、この見えない世界には、心や魂も含まれてきます。
見える物質だけを対象にしてきたはずの古典的な物理学も、量子力学の発展により大きく揺らぎ始めています。死後の世界の証明を試みる科学者たちも現れました。私自身も、これまでの医療現場での体験から、魂の存在やその永続性を信じています。

哲学的には、宇宙に広がる無限のエネルギーで、すべての大元となる存在を「神」と呼び、個々の身体を通じて表現される「神」の表現、言い換えれば、個的意識の範囲を「魂」、「心」と呼びます。「心」は「魂」を表面的に覆う意識とも言えるでしょう。
この定義に従うなら、死とは、魂のように個別に分かれたように見える「神」のエネルギーが、個から大元に戻るだけで、決して命の消滅ではない、ということになります。私たちの魂が、「神」の元を離れ、個々別々にみえる肉体をもって地上で生きているのは、悲喜こもごものさまざまな体験を通じ、永遠の魂を磨くためです。そのように考えれば、目に見えない世界の価値観は、飛躍的に高まってくるはずです。

私たちも、俗世的な金、モノ、名誉よりも、魂の歓びや心の豊かさを求めて行動するようになります。なぜなら、目に見えるものは、死んでしまえばまったく意味をなさなくなるからです。お金も生きるために必要ではあっても、最終的な目標にはなりえないのです。永遠に続く魂の歓びとは、東洋哲学が示すように、人間の仏性ともいえる慈悲心に根差した行動をとること、つまり、人のお役に立てるような利他の行動に、喜び、ワクワク感を感じることに他なりません。
この日本に生きる以上、我々は、明日の命など全く保障されていません。死んだら、目に見える物質的なものは無意味になる一方で、目に見えない心の豊かさは、肉体が滅びても何らかの形で連綿と残っていきます。他人を喜ばせることに感動し、日々を充実させて生き切れば、後悔を残さず、穏やかに死を受け入れていけるはずです。

魂を意識すれば、人生に起こるさまざまな病気や苦難もその意味合いをガラッと変えます。というのも過酷な出来事も、永遠の魂を磨き、輝かせるための試練であり、苦難を乗り越えてこそ初めて気づけるかけがえのない真実があるからです。
魂を見据えて死を受け入れ、覚悟を決めた生き方は、今生において何が本当に大切かを考えさせてくれます。そして、病気に対する考え方や向き合い方も変えてくれることでしょう。身体のバランスにも良い影響を与えてくれるはずです。さらに、見えない世界への気づきは、個人の健康を越え、地球に生きる生命体すべての調和、幸せをもたらす生き方をも指し示してくれるはずです。

魂と向き合うと人生も医療も変わる

日本人が大切にしてきた言葉が「霊性」です。「霊性」とは、私なりには、「超越的存在、神仏、先祖、心、魂など目に見えない神秘的存在を意識すること」、つまり、無限の広がりを持つ見えない世界にあるエネルギーとつながり、自らを生かす存在に感謝することと考えます。
古来、日本人は、全ての存在に見えない「魂」や「霊性」を感じ、厳しくも慈しみ深い自然を崇拝し、人、そしてすべての生き物と共存し、愛と調和の中で平和な社会を営んできました。日本人は、「霊性」という言葉のままに、見えない世界を大切にし、亡くなった人の魂ともつながりながら生きてきたのです。

「霊性」に根差した生き方をすれば、私たちを活かす大いなる存在に思いが至り、生かされていることへの感謝、謙虚さが生まれてきます。そして、エゴが縮小し、他者との違いを素直に受け入れられるようになり、周りとの連帯感が増してきます。価値観の大転換が起きるのです。
有史以来、地震や台風、火山の爆発など、この日本列島は、全てが失われるような数々の激烈な自然災害に翻弄されてきました。ここで生き抜くには、日本人は、繰り返される苦難を受け入れ、ともかく耐え忍ぶしかありませんでした。その絶望から、生きていることは当たり前でないという事実に気づかされ、今のこの一瞬に生かされていることに感謝をするようになりました。近年続いている激甚災害を通じ、日本人が本来持っているはずの感謝と謙虚さが、いま再び、呼び覚まされてきているように私は感じています。

物質文明が極まり、先の見通せない世情の今こそ、霊性とともに、魂を見つめなおして、日本人古来の生き方を思い出し、世界に広げていくことこそが、現代に生きる私たち日本人の使命なのではないでしょうか。
「魂」と向き合うと、人生や医療はどう変わるのか、皆で語り合う時期が、いよいよ来たようです。
当協会が提言する「魂の医療」が、新時代の医療を拓くさきがけとなることを、私は願ってやみません。

 

 

長堀 優 ながほり・ゆたか
育生会横浜病院院長。1983年群馬大学医学部卒業、横浜市立市民病院にて研修開始。1985年横浜市大消化器腫瘍外科学教室入局。1993年ドイツ・ハノーファー医科大学留学。2005年横浜市立みなと赤十字病院 外科部長。2008年JCHO横浜保土ヶ谷中央病院外科部長・副院長。2015年現職就任。日本外科学会指導医 日本消化器外科学会指導医。消化器がん治療認定医。信州大学医学部組織発生学講座委嘱講師。日本ホリスティック医学協会理事。著書『見えない世界の医学が医療を変える』『日本の目覚めは世界の夜明け~今蘇る縄文の心』(でくのぼう出版)。