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医学の対象は個物から場へ

2020/11/30
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文・帯津良一(おびつりょういち)

ホリスティック医学の元祖

世界の通常医学をリードする西洋医学の歴史を繙いてみると、その嚆矢は古代ギリシャの医聖ヒポクラテスである。それまでのシャーマンの医学を超えて、身心をしっかりと見つめる、いわゆる経験医学を打ち立て、治癒力の根源として体内に存在する「ネイチャー(Nature 自然)」なる概念を想定したのである。早くも自然治癒力の登場である。

さらにヒポクラテスはその医学哲学として、科学(Science)と良心(Conscience)とを統合した上で、魂の浄化を目指したのである。(『「サレルノ養生訓」とヒポクラテス』大槻真一郎 コスモス・ライブラリー)換言すれば体と心を統合した上で、命に焦点を合わせたのである。ホリスティック医学の元祖というべきではないだろうか。

一方、当時のギリシャ哲学では、人間の生命の原理として「プネウマ(Pneuma)」なる概念を想定していた。生命現象の根底には、物理・化学の法則だけでは説明できない独特な生命の原理(活力)があるという、いわゆる「生気論(Vitalism)」である。中国医学の「気」に該当する概念と考えてよいだろう。このプネウマの存在が、ヒポクラテスのネイチャーに色濃く影を落としていたことは否めないことである。

このヒポクラテスの考えを継承したのが、ローマ時代の名医ガレノスである。ただし彼は人体を詳細に観察した上で、解剖学と生理学の基礎を築いた。それまでの直観の医学から分析の医学への移行である。ガレノスこそ近代西洋医学の祖とみなされている。それでもガレノスの医学でも、プネウマは重要な位置を保っていた。
また彼がヒポクラテスのネイチャーの概念を継承していたことも言うまでもない。彼が提唱したかどうかはわからないが「自然治癒力」は「vis medicatrix naturae」というが、これはラテン語である。ラテン語といえばローマ時代、彼の周囲からこの名称が起こったと考えてもさして無理ではないだろう。

こうして自然治癒力なる概念は西洋医学の歴史とともに時を刻むが、1628年、イギリスの生理学者ウィリアム・ハーヴェイの『血液循環の原理』(岩波文庫)なる著書の登場によって、医学の表舞台からいったん姿を消すことになる。ハーヴェイは心臓から出た血液が全身を巡ることによって生命を維持していることを示し、プネウマや生命精気のような概念は「無知を隠す陳腐なごまかし」にすぎないとして、これを斥けたのである。
やがて、プネウマとともに自然治癒力はいったん医学の表舞台から姿を消すが、決して葬り去られたわけではない。それは誰もが掠り傷が特別な治療をしなくても、自然に治ることを知っているからである。

そして、自然治癒力の復活に手を貸したのが、外科手術の進歩である。胃の手術の道を開いたのが、ドイツの外科医A・C・ビルロード(1829-1894)なら、乳腺の手術の道を開いたのが、アメリカの外科でジョンズ・ホプキンズ大学教授のW・S・ハルステッド(1852-1922 )。2人ともに腸管吻合術を数多く手がけている。腸管と腸管とを縫合した傷が癒えて、内容がもれなくなるのは、縫合糸の力でもなければ外科医の技術でもない、それは自然治癒力のおかげであることは2人とも熟知していたはずだ。

人間まるごとをとらえるのは直観である

こうしていったん斥けられた自然治癒力が再び開花していく一方、ガレノスに端を発した分析的医学は19世紀の後半、フランスの細菌学者L・パスツール(1822-1895)によって大輪の花を咲かせることになる。いよいよ近代西洋医学の登場である。

しかし、この流れに異を唱えたのがH・ベルクソン(1859-1941)である。「分析だけしていても人間まるごとをとらえることはできない。人間まるごとをとらえるのは直観である」というのである。ここで医学の対象が「個物」から「場」に向かうことになる。ホリスティック医学の誕生である。
命とは内なる生命場のエネルギー。心とは刻々と変化する生命場の状態が、脳細胞を通して外部に表現されたもの。体とは場に生じた淀みのようなものと考えるならば、人間まるごとは個物と場とから成り立っていて、その本体は場ということになる。

西洋医学が個物を対象に一大体系を築きつつあるなかで、まず心の医学の誕生であり、ここで初めて場が登場する。しかし、まだ脳細胞という大きな個物を含んでいる。次いでさらなる場の医学である免疫学の登場である。リンパ球や樹状細胞と個物が小さくなった分、場が大きく立ちはだかる。多田富雄先生によれば、免疫系というのは「自己」という場への適応である。「自己」に適応し、「自己」に言及しながら、新たな「自己」というシステムを作り出すという。まさしく場の医学である。

そして、これから向かうのは一切の個物を含まない純粋な場の医学である。そして、その中心に在るのは自然治癒力である。内なる生命場のエネルギーが何らかの原因で低下したとき、それを回復すべく生命場に本来的に備わった能力が、自然治癒力だからである。
さらに、場は小は素粒子から大は虚空まで階層をなしており、上の場は下の場を超えて含むとなれば、人間という場を対象とするためには、素粒子から虚空までのすべての場を対象とすることになる。また、対本宗訓先生が述べているように、「死は命の終わりではなく、命のプロセスの1つである」とすると、対象はこの世だけではなく、あの世まで広がることになる。まさしく霊性の医学である。

かくして、医学の対象は個物から場へ。仏教の唯識学説によれば、五官の世界から意識、末那識を超えて阿頼耶識へと向かおうとしているのである。私たちのこれからの仕事は「霊性の医学」、そして「阿頼耶識の医学」ということになる。

『HOLISTIC News LetterVol.108』より

帯津 良一 (おびつりょういち)
帯津三敬病院名誉院長、帯津三敬塾クリニック主宰。1936年生まれ。東京大学医学部卒業。医学博士。東大病院第三外科医局長、都立駒込病院外科医長を経て、82年埼玉県川越市にて開業。西洋医学に中国医学、気功、代替療法などを取り入れ、人間をまるごととらえるホリスティック医療を実践している。日本ホリスティック医学協会名誉会長。著書『死を思い、よりよく生きる』(廣済堂出版)、『ホリスティック医学入門』(角川書店)、『代替療法はなぜ効くのか』(春秋社)、『後悔しない逝き方』(東京堂出版)他多数。