コラム記事・研究会レポート

メンタルヘルスの多次元的なアプローチ

2010/03/31
メンタルヘルス

文・岸原千雅子(臨床心理士・協会理事)

「メンタルヘルスケアの多次元的なアプローチ」

「メンタル」や「メンタルヘルス」といっても、ホリスティックな観点からするとそれは、単に心や精神、心理面での健康のみを考慮し、取り扱っていくものではありません。   心の状態は、皆さんも経験があると思いますが、体のコンディションと密接につながっています。がんや生活習慣病、アレルギーなどの疾患によって、メンタルヘルスは大きくダメージを受けます。頭痛や腰痛、肩こり、倦怠感といった身体症状によっても、心の状態は大きく影響を受けるでしょう。こうした体のコンディションへの配慮が、メンタルヘルスには欠かせませんし、逆に疾患や身体症状を抱える患者や家族にとっての、メンタルヘルスケアの必要性も考えなければなりません。

一方で、ホリスティックな見方では、個々人は単に「ひとり」存在しているのではなく、ネットワークの一員として、「つながり」の中で存在していると考えられます。ケアを必要とする人を、ひとり周囲の人間関係や環境と、切り離して考えることはできません。対人関係上の困難への配慮、置かれている環境への配慮が不可欠になります。そうした意味での環境調整も、メンタルヘルスケアの重要な側面となります。
つまり「心理面でのケア」だけでなく、「身体面へのケア」「対人関係上の支援」「環境調整」といった多面的な視点が必要になるということです。  今日わが国で「メンタルヘルス」というと、職場や企業ベース、従業員のためのケアといった観点から捉えられがちですが、ここでは広く一般的に、ホリスティックな観点からの「メンタルヘルスケア」について、述べていきます。

身体面にまつわる メンタルヘルスケア

ストレスを抱えて心の不調を感じているとき、体にも緊張状態が起こり、こりや痛みなどを覚えます。日常的なメンタルヘルスケアとして、こうした体の緊張やこり、痛みをほぐし、緩和させるアプローチは、心にもリラックスやリフレッシュをもたらす手軽で有効な方法です。 ストレッチやウォーキングなどの軽い運動を行うのもいいですし、ヨガや気功、太極拳など、運動法を兼ねた心身のリラックス法も大変理にかなった手法でしょう。鍼灸や指圧、整体、アロマテラピーなど、体に働きかける代替医療の施術を受けるのもいい方法。筋肉の緊張や張りがほぐれ、血流がよくなるという身体面での効果に加え、「気」という概念に代表される心身エネルギーの流れもよくなり、心と体に調和がもたらされます。
体に現れる「疲れ」「だるさ」、心に現れる「落ち込み」「やる気のなさ」は、多くの場合、心身が発する「休め」のサインであることが多いのですが、現代に生きる私たちは、どうしても心や体に鞭を打って、大事なサインを無視しがちです。

こうした状態のときにまず必要なのは、心身の「休養」です。睡眠をたっぷりとって体を休めること。明るくしようと無理をせずゆったりと過ごすこと。とはいえ、「休養」「休息」が必要な人にとって、「ゆったり休む」ことが心理的にそう簡単ではないことを、日々の臨床の中で感じています。本当は休息が必要なのに、「怠けてはいけない」「他の人はがんばっているのに」「こんなことは気力の問題だ」と、限界を超えてがんばってしまうと、心や体の病(生活習慣病やうつ病など)になって初めて休めた、ということにもなりかねません。その意味で病気とは本人にとっても家族にとっても、おしなべてこれまでの生き方を見直し、方向転換をする契機(きっかけ)であると言えるでしょう。

対人関係や環境の調整と メンタルヘルスケア

ストレスから解放され、ゆったり過ごす、休む、気分転換する、といったことが必要にもかかわらず、環境や周囲の人間関係の軋轢により、それが許されない場合もあります。仕事を休職する、家族と距離をとる、といったことが実現されて、初めて本来の心の安定を取り戻せることも多いものです。こうした環境調整は、自分だけではできない場合も多いので、医師やカウンセラー、ソーシャルワーカーなどの援助職の助けを借りることも必要になってきます。こうした専門家に、家族に話をしてもらったり、職場の産業医などと連携してもらうこともできます。

また、現実にプレッシャーをかける人はいないにもかかわらず、「休むと人に非難される」「きちんとやらないと嫌われる」という強い思いがあることで、ストレスを抱え込んでしまうケースもあります。「環境が許さないから休めない」と思いがちですが、実は自分自身の内に批判者がいて、手を抜いたり休むことを許さないのです。そのために、休むことに強烈な罪悪感を覚えます。こうした内的な対人関係のパターンに気づき、上手につきあっていくことによって、ストレスに対処できるようになっていきます。ただし自分ひとりでパターンに気づくことは難しいもの。「人に迷惑をかけたくない」「自分の力で何とかしたい」と思いがちですが、この場合も専門家の助けを借りることが大事です。

ここまで話題にしてきた「心理面」とは、心理学でいうと「自我」と呼ばれる意識や心の次元におけるものです。フロイトからスタートし、ユングその他の継承者によって発展した心理学の系譜では、当初は「意識」は「自我」と呼ばれる主体に存在しており、それ以外は「無意識」でそこに主体は「無」く、無意識はあくまで自我意識に統合されるべきもの、というスタンスでした。
しかしニュートン力学から量子力学への物理学のパラダイム転換と同調するかのように、心理学という「関係性」を専門的に取り扱う分野でも、「意識」と「無意識」、「セラピスト」と「クライエント」を二分的・二元的に捉えるのではない、新しいパラダイムが展開されています。

心の全体性を考えるとき、私たちの意識は、「これが現実だ」と一般に合意が取れている現実における「自我」意識の体験とは、次元の違う状態の体験も持っています。たとえば「夢」の意識がそうです。悪夢を見てうなされたときを思い出していただくとわかりますが、夢の次元では時として、現実よりリアルな意識体験をすることもあります。もともと東洋の伝統的、神秘主義的な考え方では、このように次元が違う意識、主体があると考えられてきました。

たとえば、人に迷惑をかけず自分で解決しなければとがんばってきた人が、「深く水に潜る」といった夢を見るとします。この人の自我は「無気力になってしまう自分をなんとかしたい」と思っているのですが、夢の体験を深めると、ゆったりとリラックスする、深く安らぎの体験が浮上し、それまで嫌悪してきた「人にゆだねる」、「手放す」といった心の姿勢へと変容することができて、生まれて初めて「生きることが楽になる」といったことが起こります。
ここでいう「人にゆだねる」というのは、それまでの自我にとっては不快な体験であり、「心の変容」とひとくちに言っても、それは「自我」にとっては傷つきや喪失の体験となります。心理療法の専門家には、主体としてのクライエントの、時には辛く、しかし深い喜びをもたらす心のプロセスがまっとうされるよう、心のプロセスの全体性(ホリスティック)に寄り添っていく、マラソンの併走者のような役割があります。

最後に、ホリスティックなメンタルヘルスケアとして、生活習慣病やがんなど、重大な疾患や慢性病におけるメンタルヘルスケアの重要性について触れたいと思います。
慢性病を抱える患者にとって、日々の暮らしはそのまま、病気との取り組みです。いつ、どんな薬を飲むか。食事はいつ、どんなものを食べるか、あるいは食べてはいけないか。数日起きの通院。数か月後との入院。外出ができなくなったり、仕事や人間関係、趣味などの楽しく充実した機会が、大幅に制限されることもあるでしょう。旅行に出るにも、細心の努力と準備が必要です。家族ともども、常にストレスを強いられることになります。
また糖尿病や高血圧では、肩こりや腰痛を伴いやすくなります。その他の慢性病でも、治療によるダメージや副作用から、心身の緊張状態が生じ、頭痛やこりなどの身体症状、不安やイライラなどの精神症状などに悩まされやすくなります。

病気や治療のストレス、副作用の苦痛、先行きの見通しが持てないことへの不安、再発への不安。 こうした心身のストレスを軽減する「メンタルヘルスケア」は、当事者にも家族にも必要なことは言うまでもありません。先に述べてきた身体面へのアプローチ、環境や人間関係へのアプローチ、多次元的な心理面へのアプローチが、ここでも有効になります。
病気と取り組む日々の疲れを癒し、緊張をほぐし、休息する。不安や恐怖が軽減され、心身のリラックスがもたらされることで、自然治癒力を高めることにもつながります。看護や介護の毎日でストレスの多い家族にとっても同様です。
ホリスティック医学では、西洋医学だけでなく各種代替医療を積極的に利用していきますが、今後は心理療法のみならず、各種代替医療がこの役割を担っていくことが期待されます。

『笑いと治癒力』の著者であるノーマン・カズンズ氏は、自らの闘病体験から、ユーモアや笑いに癒しの力があることを見出しました。膠原病に苦しんでいたとき、入院中のベッドでできることは何か、と考えた彼は、コメディ映画やユーモア本を運び込み、その結果、痛みを感じないで眠れるようになり、治癒に成功したのです。ここから「笑い療法」と呼ばれるひとつの代替医療に発展しました。
山登り、ガーデニング、野菜作り、犬の散歩、入浴法など、自分なりに工夫して楽になるオリジナルのメンタルヘルスケア法を見つけましょう。本当に必要なものは、実は自分が一番よく知っているもの。直感に従って自分なりの対処法を見つけ、活用することで、自分で自分を癒す感覚が育ち、自然治癒力も養われていくことでしょう。

 

『Holistic News Letter Vol.67』より