コラム記事・研究会レポート

医食農源のリトリートを始めよう ~互いのセルフケアを支えるコミュニティ

2026/01/08
ライフスタイル

文・山本竜隆
(医師・WELLNESS UNION ALLIANCE代表/日本ホリスティック医学協会会長)

リトリートとは

近年、「リトリート(Retreat)という言葉が多用されるようになりました。ホリスティック医学にも関連が多い分野ですが、一般的にリトリートは自然豊かな環境や癒しの空間などの非日常的な場で、自然療法を受けたり、自然食を摂ったりするプログラムや、それらを提供する施設という認識や感覚があるように思います。
この「Retreat」の主な意味(翻訳)には、「退却」「静養先」「隠れ家」「避難所」「潜伏場所」「黙想」などの言葉が出てきます。そして「Retreatment(リトリートメント)」が語源という説もありますので「再治療」「回復」などの意味を持つ言葉でもあり、自然豊かな環境で心身をリセットできる場所やプログラムというのは大切な一面であると思います。
私も「静養して心身や思考をリセットするきっかけの場」「養生と充電の場」と考えています。しかし“避難所”などの要素を考えると、私は「生き延びていく場所」「衣食住を確保できるところ」「疎開場所」などの要素も含まれるのではないかと思っています。すなわちリトリートには「養生」と「疎開」の2つの要素を兼ね備える必要があるのです。
近年の、移住の増加、農業への転職、農業女子、二拠点生活なども、2つの側面を兼ね備えたリトリートへの傾向で、多くの方が本能的な感覚で、選択されているように感じます。この点でエコビレッジなども、リトリートとオーバーラップしていると考えます。
いずれにしても、日々の生活の中で癒される場、リセットできる環境が一般的なリトリートであり、平時のリトリートであることは間違いありません。必要なタイミングにリトリートでマインドフルネスや心身をリセットしたり、生活を顧みるきっかけにすることは重要です。そのようなサイクルを作れることが望まれます。

 

すでに有事は始まっている
リトリートに必要な要素

リトリートには平時だけではなく、有事(緊急時)にも安心して暮らせる、生きていける場としての役割もあります。よって前述の「養生」と「疎開」の要素を兼ね備えた“フェーズフリー”であることが、これからのリトリートであると考えています。
朝霧高原診療所・富士山静養園・日月倶楽部の3施設からなる「WELLNESS UNION」でもフェーズフリーであるリトリートの重要性を考えて活動を進めてきました。1つは平時の養生的リトリート、もう1つは有事の疎開的リトリートです。そして昨年末から、その比重が大きく変わってきました。表面的にはわかりづらいかもしれませんが、私の中では明確に“有事”のリトリートにシフトしているのです。

2025年に人類は持続的生存のPNRを越える……と言われています。PNRとはPoint of No Return(帰還不能点)の略で、その根拠となっているのが“地球全体での食糧自給能率が初めて100を下回る”からです。食糧生産と消費の逆転で、もう後戻りできない限界点という意味です。
これ以外にも、シナリオプランニングの観点から大災害、戦争・紛争、新たな感染症、経済摩擦などを考慮すると、国力が著しく低下している日本は、有事を真剣に考えて準備しなければいけないはずです。さまざまなフェーズに対応できるように「水」「食糧」「エネルギー」「コミュニティ」の確保は必須ですし、地産地消・身土不二としての薬(対処法も含めて)も考えておくのが、これからのリトリートとしての在り方であると考えています。
食育というと、何をどう食べるか? に焦点が当てられがちですが、食育の基本は“食べることができることへの感謝”に尽きると思っています。その当たり前を、もう一度見直すこともリトリートが提供できる情報や体験であると考えています。

国内に広がるリトリートと
ホリスティックライフ

日本においてリトリートと言えば、当協会顧問の福田先生が1986年に信州 安曇野の森に創設された「穂高養生園」が元祖ではないでしょうか。
そして、最近ではリトリートがさまざまな形で表現されるようになりました。個人的には前述のようなフェーズフリーであり、コミュニティとしての要素を兼ね備えたものをイメージしていますが、地域創生に特化、がんなどの医療難民の駆け込み寺としての場、農福連携やインバウンドなど、国内で始まりつつあるリトリートをいくつかご紹介します。
長野県 穂高養生園
福島県 ダーナビレッジ
北海道 ひびきの丘 統合医療コミュニティ
岐阜県 リボーン洞戸
愛媛県 森の国Vallay

日本ならではのリトリートと
プラネタリーヘルス

リトリートの重要なファクターに「持続可能であること」があります。またホリスティックな医療や生活においても、それは同じように大切な視点になります。その点で、プラネタリーヘルスの意識や視座は、これからのリトリートの運営やホリスティックライフにおいて外すことができないキーワードであり知識になると思っています。

欧米発祥のプラネタリーヘルスではありますが、かつての日本においては、その視座の獲得や教育が全国で行われ、実践されている環境が多々存在していたように思います。しかし近代において、その伝承や価値がことごとく塗り替えられて現在に至っています。
本来、日本から発信すべきプラネタリーヘルスの在り方を、桐村里紗医師(地域創生医)が進めています。医療は実学という観点でも、すでに鳥取県江府町で社会実装もされていて、今後の活躍がより期待されています。

パスポート・ポートフォリオ

4月11日のNEWS WEEK(日本版)では、「パスポート・ポートフォリオ」という言葉も出てくるようになりました。ポートフォリオ=分散投資の重要性はよく理解されていて、資産は分散させることができるのに、1つの国の市民権と居住権しか持たないのは、ナンセンスであり、とてもリスキーだという考えです。
近年「住む国も分散」したいというアメリカ人が急増中で、それは富裕層のみならず全階層に広がるリスク回避とされています。まさにリトリートは”避難所“”隠れ家“の側面が必要であり、日本よりもリスクの低い海外であってもそのような認識や動きがあることを、まず知るべきなのだと思います。

個人的に、富士山麓・朝霧高原で進めてきたリトリートの1つのモデル(事例)という役目がある程度果たしつつあると考えています。多くの方々にWELLNESS UNIONに滞在していただきましたし、この数年はリトリート施設が増えて、質も向上していると感じています。
これからの私の役目は「パスポート・ポートフォリオ」のモデルを具体的に海外に創設していくことであると考えるように至りました。
パスポート・ポートフォリオにおいては、地政学的な視点、個人的な価値観や親和性も大切ですが、私は、永住権や長期ビザが取得しやすい、親日である国、平時から関われて楽しめる、自然災害のリスク、経済や治安の一定のレベル、核による防御(傘下)なども考慮して検討しています。

最後に

2024年11月、桐村里紗先生が主催している鳥取大山での2泊3日のプログラムに、今後を期待する医師などと一緒に参加してきました。約20年間続けてきた富士山麓での生活から、新たな場において活動を進めていく転換期に、気づきと大変学ぶことが多かった時間であったと同時に、3日目にアリゾナ大学統合医療プログラムでお世話になったアンドルー・ワイル博士とも会うことができて、これからの活動・チャレンジにおいても、背中を押された感じがしました。
日本はGDPなど、経済指標、人的生産性に関しては、著しく下降していますが、生態系サービス(自然が人間にもたらす恩恵)に関しては、比較的恵まれているのかもしれません。日本が保有する自然、伝承されてきた知恵をどれだけ活かすことができるのか、国内でやれることと、国外で進めていくことを並行して考えていきたいと思います。

私の人生を変えてくれたワイル博士の著書『癒す心、治る力』から一言増やして、「癒す心、治る力、蘇る場」の必要性が、また私が大好きな言葉「下医は病気を治し、中医は人を治し、上医は社会を治す」に、これからは「極医は地球を治す」を加えていく時代に入ってきたように思います。
そのためには医療のみならず、農業や食糧の分野などとも連携して、フェーズフリーのリトリートとなる”場“と”コミュニティ“の構築を、全国で、そして世界で広めていく必要があります。
日本ホリスティック医学協会の、これからの活動に期待しています。

『HOLISTIC MAGAZIN 2025』春号より

 


山本 竜隆 日本ホリスティック医学協会会長
医師/WELLNESS UNION ALLIANCE代表/富士山静養園代表/昭和大学医学部客員教授/医学博士