コラム記事・研究会レポート

植物療法の役割と今後の展望

2020/05/10
研究会

◎文・林 真一郎

はじめに

医学・薬学の父として知られるギリシアのヒポクラテスは、数多くのハーブを用いたことで知られています。植物療法は世界で最も歴史がある自然療法であり、かつ現代でも社会の健康度を高めるために、セルフケアや臨床の場で大きな期待を担っています。 本稿では植物療法研究会の活動や今後の展望について述べたいと思います。

植物療法の定義 ~ 医薬品との違い

植物療法とは、植物が自ら生合成するフィトケミカル(植物化学)成分を含んだ粗抽出物を用いて、人が生まれながらにして有している自然治癒力(自己治癒力と自己調節機能)に働きかける療法をいいます。

ハーブに含まれている多様な成分から、たった1つの成分を取り出すことを「単離」とひといいますが、1804年にドイツの薬剤師が、ケシ(阿片)からモルヒネを分離したのが初のケースです。アスピリンも1899年に、ホワイトウイロウを原料に化学合成されました。
医薬品は単一成分であり、またハーブから抽出するより合成した方がコストが安いので、化学合成品です。一方で、ハーブは天然の多様な成分から成ります。これが医薬品とハーブの根本的な違いです。
こうしたことから、医薬品は切れ味が鋭く、ハーブは穏やかな効果をもたらします。現在、使用されている医薬品のおよそ4分の3はハーブか産みの親となっています。

植物療法とホリスティック医学

当協会の名誉顧問であるアンドルー・ワイル博士も、診療で数多くのハーブを用いることで知られていますが、植物療法とホリスティック医学のコンセプトには共通点があります。
植物療法でなぜ成分を丸ごと使うのかというと、多様な成分がネットワークしていて、シナジー(相乗効果)が得られるためです。ジャーマンカモミールには消炎作用をもつカマズレンや抗酸化作用をもつアピゲニン、それに抗糖化作用をもつカマメロシドが含まれています。

現代病の多くは慢性の炎症が関わっていますが、炎症と酸化は同時に起こり、酸化と糖化は相まって進行します。したがって単一成分よりも多成分で、網の目のように進行する反応を何カ所かで抑制したほうが、効率が良いのです。
また、当協会では人間を「心と体、気、霊性から成る有機的統合体」と捉えていますが、植物療法でも同じように捉えていて、ハーブの多様な成分が人間丸ごとに作用を及ぼすと考えています。

広義のフィトセラピー ~ 緑のチカラの活用

植物療法研究会では、メディカルハーブ(あるいはフィトセラピー)に加えて、アロマセラピーやバッチ博士の花療法、さらには園芸療法や森林療法をも含め、広義の植物療法と捉えています。ハーバルセラピストやアロマセラピストなど各々の領域の専門家が情報交換を行い、植物療法ネットワークのフォーラムの形で、セミナーやワークショップを開催してきました。

各々のセラピーや療法の共通性としては、植物がもつ人の自然治癒力や生命力を高める働き(緑のチカラ)を活用していることであると思います。その一方で、各々のセラピーや療法が働きかける領域やレベルには違いがあると思われます。
この辺りはまだ統一見解は得られていませんが、個人的にはメディカルハーブは物質性を有し、身体面にも作用するのに対して、アロマセラピーは嗅覚を介した情動への作用と本能の賦活に特徴があるように思います。バッチ博士の花療法については、メカニズムについて科学的な説明は現段階ではできませんが、水に転写された野生の花の微細なエネルギーが、情報(記憶)レベルに働きかけて、感情に調和をもたらします。
園芸療法は、植物を養育することで生命の交流が起こり、QOLが高まります。森林療法は、人間にとって500万年前の原初の体験の場である森林に身を置くことで、人生の振り返りが起こり、新たな一歩を踏み出す力が生まれます。

植物化学成分の食事での活用~ フィトケミカル栄養学

広義の植物療法の新たな領域として、食生活への応用があります。フィトケミカル成分は、ハーブだけでなく野菜や果物にも含まれています。たとえば、ネトルの葉に含まれるクェルセチンはタマネギに多く含まれ、タンポポの根に含まれるイヌリンはゴボウに含まれます。
炭水化物・脂質・タンパク質にビタミンとミネラルを加えて5栄養素といいますが、6番目に植物繊維がきて、7番目がフィトケミカル成分です。フィトケミカル成分は微量であり、かつカロリーがゼロなので「微量非栄養素」と呼ばれます。

栄養不足の時代にはカロリー源となる3大栄養素の摂取が重要でしたが、飽食の時代、カロリー摂りすぎの時代には細胞を酸化(老化)から守り、生体機能の調整を行うフィトケミカル成分を意識的に摂取することが必要になります。食卓にのぼる野菜や果物の機能性については、わが国だけでなく米国やEUでも盛んに研究されています。国民医療費の削減のために「薬による治療」から「食事による予防」へとシフトしているのです。

植物療法によるセルフケア

現代はさまざまなセラピーがありますが、セルフケアとして活用するには、いくつかの条件があります。まずは安全性で、次にコストが安価なこと。そして、動機付け(楽しみながら続けられること)やエビデンス(科学的根拠)などが求められます。植物療法はこうした条件を満たしています。

まず、ハーブティーですが、夕方以後はカフェイン飲料は控え、鎮静系のハーブティーの中から好みのものを、就眠前に香りを楽しみながらゆっくり服用します。ハチミツが好きな方は加えても良いでしょう。

【入眠をスムーズにするハーブティー】
ジャーマンカモミール (興奮・からだの冷え)
リンデン (不安・孤独・心配ごと)
セントジョンズワート (抑うつ的・否定的な感情)
ベルベーヌ (気持ちの高ぶり・気分を切りかえられない)

次に寝室の香り環境ですが、表3に示した鎮静系の精油の香りを、芳香器などを利用して寝室に漂わせます。

【入眠をスムーズにする精油】
ラベンダー (興奮や怒り・とらわれ)
オレンジ (不安や淋しさ・失敗をくやむ)
ネロリ (抑うつ傾向・落胆している)
イランイラン (恐れや緊張・心身のブロック)

感情が乱れている時は、表4に示したフラワーレメディを選んで、水か飲み物に2滴たらして飲用します。

【入眠をスムーズにするフラワーエッセンス】
オリーブ (疲れ果てて眠りにつけない)
バーベイン (何かに熱中して眠れない)
ゴース (希望を持てない・絶望感)
アスペン (いいしれない不安・悪夢をみる)

生活指導としては、日中に積極的にからだを動かして適度に疲労すること。またスマホなどのブルーライトは生体リズムに影響を与えるので、寝室には持ち込まないようにします。なお、生体リズムは朝の日光によってリセットされるので、朝起きたら光を浴びるようにします。

植物療法の臨床応用

薬物療法が切り札とならない心の病や、老人性退行疾患の増加などを背景として、現代医学と補完・代替療法のいずれをも視野に入れ、患者中心の医療を目指す統合医療(integrative medicine)の普及が進みつつあります。厚労省でも「統合医療情報発信サイト」の運営などの事業を行い、統合医療の認知と普及を後押ししています。

欧米では植物療法はセルフケアだけでなく、現代医療の中でも活用されています。その一例を挙げるとドイツやフランスでは、イチョウ葉エキスは医薬品扱いとなっています。また、欧米では植物性医薬品の開発が相次ぎ、その一部はスイッチOTC薬として、わが国のドラックストアでも販売されています。

ドイツではハーブ製剤による治療カテゴリーを4つに分類しています。その4つとは、①化学合成薬よりもハーブ製剤の方がファーストチョイスになるもの、②ハーブ製剤が化学合成薬の代わりに使用できるもの、③ハーブ製剤がアジュバント(補助)として用いられるもの、④化学合成薬の効果を妨害したり遅延させたりするためハーブ製剤は禁忌となるもの、です。
具体的には、①のカテゴリーの例として、中毒性肝炎へのミルクシスルや前立腺肥大へのソウパルメット、老化による心臓機能の低下へのホーソン。②のカテゴリーの例として、軽度~中等度のうつへのセントジョンズワートや機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)へのジャーマンカモミール、尿路感染症へのクランベリーなどです。

クリニックや病院でアロマセラピーが活用されているように、わが国の医療機関でも植物療法が臨床応用される日が早く来ることを期待したいと思います。

植物療法の今後の展望

今後、植物療法が活用される可能性のある領域をいくつか紹介します。

①メンタルヘルス領域
職場でのプレゼンティズム(不健康な状態での勤務)による労働損失コストは、アブセンティズム(欠勤)によるコストを大きく上回ります。そのため企業側もコストではなく、投資の概念で福利厚生を充実させる傾向にあります。勤務時の健康度を高め、労働生産性を高めるのに、アロマ、ハーブ、バッチは大変役立つツールです。また、今後はヘルスツーリズムで森林療法を体験するなどの試みが増加しそうです。

②介護・高齢者領域
認知症に対するアロマセラピーの有効性や有用性が科学的に検証されたことは、大きなニュースになりました。高齢者の抗不安薬や睡眠薬の使用は転倒などを招くため、作用が緩和なハーブティーなどで対応したいものです。アロマやハーブの活用はポリファーマシーの回避にもつながります。
介護施設などで園芸療法を導入するケースもでてきました。ケアラーケアの領域では介護ストレスに対してバッチ博士の花療法が役立ちます。

③緩和ケア領域
スピリチュアルペインに対して、アロマセラピーやバッチ博士の花療法の活用が試みられています。「何もしてあげられない」という家族が患者にオイルマッサージを行うことは、家族にとっての救いにもなり、良き思い出となります。
吐き気や便秘、痛みやしびれといった化学療法剤の副作用対策にもアロマやハーブは役立ちます。芳香蒸留水が1本あると芳香浴や清拭、口腔ケアやドライシャンプーと、さまざまな用途に活用できます。

④環境教育
「自然欠乏障害」や「自然欠乏症候群」というキーワードが話題になっています。都市型のライフスタイルは、人が享受すべき自然刺激が得られないため、さまざまな弊害を生んでいます。「人は自然から遠ざかるほど病気に近づく」というヒポクラテスの箴言が思い出されます。アロマやハーブ、園芸療法や森林療法は、自然欠乏障害を改善するツールとして最適です。幼児教育では森の幼稚園や森の学校などの試みも広まっています。

おわりに

園芸療法や森林療法と聞くとなにやら大袈裟に感じますが、ポット苗をテーブルに置くだけでも気分が変わります。また、たとえば東京でもその気になって探せば、意外に近くに樹木のある公園が見つかります。電車に1時間も乗れば、高尾山などにも出掛けられます。
最近、植物や樹木の健康効果を扱った書籍が頻繁に発売されているのは、そうしたニーズの表れかも知れません。その中で私のお勧め書籍は、森林療法では『温泉・森林浴と健康』(大修館書店)、フィトケミカル栄養学では『食事のせいで死なないために』(NHK出版)、自然刺激の健康効果では『NATURE FIX』(NHK出版)などが挙げられます。

 

◎文・植物療法研究会・世話人代表 林 真一郎
『HOLISTIC MAGAZINE 2020』より